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詳細

作品ID23
作家名アンリ・ファンタンラトゥール
作品名ワグナー 聖杯 ローエングリーン序曲(第二版) 
分類U90N109S61
技法リトグラフ
サイン本人サイン
制作年1893年
作成枚数
額サイズcm(縦×横)83×68
額装コンディションA
作品コンディションB


所蔵美術館など

グルノーブル美術館、オルセー美術館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、ダラス美術館、メトロポリタン美術館、シカゴ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、南オーストラリア州立美術館、バンベルグ財団美術館、ボストン美術館、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館、東京国立西洋美術館、その他の美術館



略歴

1836年   フランス南東部の町、グルノーブルに生まれる。 
1841年   家族とともにパリへ移住。画家兼絵画教師であった父親にデッサンの 手ほどきを受ける。
1850年   デッサンの教師であるオラース・ルコック・ド・ボワボードランの アトリエに4年間通う。
1854年   パリ国立美術学校のエコール・デ・ボザールで学ぶ。短期間絵画を勉強するほか、敬愛していた写実主義の巨匠ギュスターヴ・クールベのアトリエでも制作を行なう。また、パリのルーヴル美術館で名画を模写して修行し、同世代のエドガー・ドガやエドゥアール・マネ、ベルト・モリゾと知り合う。
1859年   展覧会に初出品するも落選。アメリカ人画家のジェームズ・マクニー ル・ホイッスラーに招かれ、イギリスを旅し、イギリスの画家たちとも知り合いを得る。
1861年   展覧会に初入選。ギュスターヴ・クールベのスタジオで働く。
1862年   エドゥアール・マネやアルフォンス・ルグロ、ヨハン・ヨンキント、 ホイッスラー、フェリックス・ブラックモンらと共に、「エッチング版画家協会」を設立。
1863年   「落選展」に作品を出展した画家の一人となった。
1864年   ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会に出展。 印象派の画家と同世代であり、親しかったが、写実主義のスタイルで描いた。
1870年   『バティニョールのアトリエ』を展覧会へ出品。一部から否定的な意見も受けたが、殆どの批評家や民衆から高い支持を得る。
1876年   画家仲間だったヴィクトリア・デュブールと結婚。
1904年   フランス北部のオルヌ県ビュレにあった妻の家族の邸宅で過ごし、 その場所で死去。